ハイペリオンの憂鬱

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BLAME!(2017)

弐瓶勉の漫画の映像化。

原作の漫画はストーリーが難解(説明やセリフが少ないので読みづらいと言った方いいかもしれない)なため読者を選ぶ漫画のように思える。

ただ提示されるビジョンは圧巻で、BLAME!を読む感覚をある程度掴むとその世界の虜になり、それこそがこの作品の魅力であると言える。

 

今回の映画に関して言えば、世界観の説明が台詞によってされていたり、漫画版では霧亥が巨大な都市空間を彷徨うためにあえて排除されたであろうストーリーが明確にあるため、漫画を知らない人にも配慮されているように感じた。

作品のややこしさを解消するためにケイ素生命体に関して省いたり、余分な情報を削ぎ落としている。けれどそれは作品を軽くしたと言うよりは閉ざされていた世界観を開くための努力の結果だと思う。

 

1番の違いは視点が主人公の霧亥ではなく電基漁師のづるに設定されているところ。霧亥は語り手であるづるの村を訪れた来訪者にすぎない。

霧亥はづるの村に食料をもたらすが、同時に災難(試練)も連れてくる。電基漁師たちは試練を乗り越え、シボによって新天地へ導かれる。

 

トーリーはシンプルである。しかし複雑なプロットだと情報量の多い映像と、ストーリーの難解さが相まって、見る者を選ぶ非常に厄介な作品になっていただろう。

しかしそれをしなかったのは僕個人の意見だと映画版を一つの作品として成立させるためには賢明な判断だったと思う。

 

最初のづる一行が食料を探しているパートはロシアのSF作家であるストルガツキー兄弟の小説『ストーカー』を連想した。

弐瓶勉の描く世界には、おそらくそういったジャンルの先駆者たちへの憧憬やオマージュがあるのだろう。弐瓶勉が何に影響を受けたのかはよく知らないけれど、機会があればそういった作品群に触れてみたいと思う。たぶん、僕の知らない作品が多くあるだろうから。

 

この映画は正直言って、漫画版BLAME!を求める人々には物足りないかもしれない。けれど僕個人としてはこの映像化は限られた時間内でBLAME!の世界を映像として再構築した結果としては非常に満足できる内容だった。

 

唯一文句を言いたいのは音楽が火サスっぽいというか、なんか適当にやってるように思えたところ。

霧亥のテーマみたいなものを何度も流すのもわりとチープに感じた。もしかしたら、そもそも音楽にそこまで予算を使っていないのかもしれない。

メロディがはっきりした曲よりノイズ系の音楽とかだったらわりと満足できたかもしれない。

 

写真は入場者特典です。f:id:tsurayama2014:20170521215456j:image